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最盛期には1万もの人が暮らしていたドゥッガ。
その後は衰退し、19世紀に学者たちが発掘をするまで完全に忘れ去られていました。
自分は遺跡の裏口から入ったんですが、本当に石の塊といった感じ
ドゥッガ遺跡って個人旅行では以前も書いたように行きづらい場所にあるので、その分観光客は少なく本当に独り占めした感覚で回ることができます。
リビコ・ピュニック廊、これはローマ時代以前の建築物らしい。 ちなみに碑文があったんですが、それは
イギリスに持ち出され大英博物館にあるとか。
ここらへんは公衆浴場だったような、家には当然ですが今みたいに風呂がないので公衆浴場を使っていたようです。そして同時にそこで人々はコミニケーションを図る場にしていたのではないでしょうか。
広場でしょうか・・・・
何千年も前にこれだけの完成された街があったこと、そしてこれらが今も残っていることに本当驚嘆してしまいます。続きます。