メキシコシティ 国立人類学博物館 その2

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メキシコシティ 国立人類学博物館見学続き、いよいよティオティワカンコーナーに突入。でこちらは太陽の円盤。アステカ文明は太陽と切り離すことができません。

テオティワカン自体は後日行きますが、土器やレプリカが展示されています。

 

壁画

 

 

最後にこちらの台をご紹介しましょう、こちらのものを置く場所に当時何が置かれていたか?それは人間の心臓です。

アステカ文明において人は人間の血を太陽にささげることで太陽の消滅を避けることができると考えていたのです。その結果が人身御供だったのです。

wikipediaにはつぎのようにあります。

アステカ社会を語る上で特筆すべきことは人身御供の神事である。人身御供は世界各地で普遍的に存在した儀式であるが、アステカのそれは他と比べて特異であった。メソアメリカでは太陽は消滅するという終末信仰が普及していて、人間の新鮮な心臓を神に奉げることで太陽の消滅を先延ばしすることが可能になると信じられていた。そのため人々は日常的に人身御供を行い生贄になった者の心臓を神に捧げた。また人々は神々に雨乞いや豊穣を祈願する際にも、人身御供の神事を行った。アステカは多くの生贄を必要としたので、生贄を確保するために戦争することもあった。

ウィツィロポチトリに捧げられた生贄は、祭壇に据えられた石のテーブルの上に仰向けにされ、神官達が四肢を抑えて黒曜石のナイフで生きたまま胸部を切り裂き、手づかみで動いている心臓を摘出した。シペ・トテックに捧げられた生贄は、神官達が生きたまま生贄から生皮を剥ぎ取り、数週間纏って踊り狂った。人身御供の神事は目的に応じて様々な形態があり、生贄を火中に放り込む事もあった。

現代人から見れば残酷極まりない儀式であったが、生贄にされることは本人にとって名誉なことでもあった。通常、戦争捕虜や買い取られた奴隷の中から、見た目が高潔で健康な者が生贄に選ばれ、人身御供の神事の日まで丁重に扱われた。神事によっては貴人や若者さらには幼い小児が生贄にされることもあった。

次回は、あの2012年12月22日に人類が滅亡すると一部の人たちが大騒ぎをするきっかけを作ったアステカ・カレンダーをご紹介します!


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